書評:旅館再生−老舗復活にかける人々の物語/桐山秀樹

 実に9割が慢性的に赤字を抱えているという日本の旅館について、近年成功している旅館の取り組みを通じ、どのようにサービスを展開し、復権させていくべきかについてかかれた一冊です。

 

 著者は、日本の旅館の低迷の根本的な原因を「団体旅行目当ての拡大路線」としています。高度経済成長からバブル経済の時期に至るまで、旅行代理店経由の団体客を獲得するために借入金を増やし、部屋数や設備を拡大したのはいいものの、バブルが崩壊した上に、旅行スタイルが団体から個人にシフトしてしまったことが原因となり、中規模クラスの旅館・ホテルが廃業や倒産に追い込まれているということです。

 それに対して、まず、本書では、和のテイストを取り入れている海外リゾート、京都等の老舗旅館におけるホスピタリティの姿を紹介することで、あるべき姿について一つの示唆を与えます。

 その上で、石川県山中市の「かよう亭」における宿屋ベースの取り組み、黒川温泉等の地域における取り組み、旅館再生のエキスパートといわれる星野リゾートにおける取り組みといったことが、様々なレイヤから語られていきます。

 本書を通じて思ったのは、取材の丁寧さ。各旅館の地域の特色から、旅館内部の風景描写に至るまでが、非常に丁寧に描かれており、綿密な取材に基づいて執筆されている印象を受けます。このあたりは、プロの仕事を感じさせます。

 ただ、一方で思ったのは、理想論に過ぎる傾向があるということ。

 それが端的に現れているのが、P212にある以下の文章。


  本書で取り上げた星野リゾートによる旅館再生とは、「ダメなホテル」と化した大型日本旅館を「いいホテル」に進化させる努力である。規模や顧客対象を拡大した日本旅館を、そのまま未来に維持していくには、おそらくこの手法しかないだろう。

 だが、本来の日本旅館の魅力を「正統進化」させるためには、旅館の主人と女将が豊かなホスピタリティを持って顧客を迎え、小規模な状態で家族的サービスを提供することによって、客の信頼を獲得するしかない。

 上記の考えは至極まっとうだとは思いますが、この形態では50年、100年と時代を経た場合に、旅館側が生き残っていくのは正直厳しいと個人的には考えます。

 その一番の要因は、今後間違いなく増えてくる、星野リゾートのような形態のホテル連合の増加、海外の高級リゾートの国内進出という直接的脅威にあると考えます。

  上記のようなホテル連合などは、今後も、「地域文化に合わせたホテル展開」「近代的コスト意識」「教育並びに、データベース化によるホスピタリティの確保」といった特徴をもって大規模旅館が各地で展開し、高い満足度を得るようになるでしょう。さらに、上記のサービスを享受するであろう世代は、20代から30代で比較的可処分所得が高い層である可能性が高いと考えます。そうすると、彼らが40代、50代となった場合に、わざわざそれより高い費用を払い、どこまでいいサービスが受けられるか分からない高級旅館に滞在するかというと個人的には難しいという印象を受けます。(その他に産業としての発展性等もありますが…。)

 ただ、本書について言いたいのは、内容や意見の正しさよりも、「いい新書」だいうこと。個人的にいい新書とは、読み手に対して一定の示唆を与えてくれる本であり、そのために「綿密な取材」「精緻な描写」「明確な主張」(合意できるかは別)の3つが存在していることだと考えておりますが、本書にはそれがあります。

 角川oneテーマには良書が多い印象がありますが、本書もそれに漏れずいい本でした。著者の前著である「ホテル戦争」も時間を見て読んでみることとします。