書評:砂漠/伊坂幸太郎

 伊坂幸太郎には珍しい青春小説です。

 ストーリーは物事を俯瞰的に眺める主人公である北村と、4人の友人「鳥井」「西嶋」「南」「東堂」による大学生活。

 名字に「北」があることから、鳥井の自宅で行われる麻雀のメンバーに北村は選ばれます。典型的なチャラ男である鳥井、KYで熱血漢の西嶋、不思議な力を持つ南、クールビューティーの東堂、全くキャラクターが異なっている5人はその麻雀をきっかけに、不思議と仲良くなり、春夏秋冬の様々なイベントを共に過ごしていきます。

 平日の夜12時頃に読み始めたのですが、夜中3時過ぎまでかけて一気に読んでしまいました。

 伊坂作品の醍醐味である張り巡らせた伏線とその伏線が解き明かされていく感覚を楽しみに読むと物足りない所はあるかもしれません。そういう意味では他の伊坂小説とは一線を画しております。

 ただ、それ以上に読者を引き込んでいく能力が本書にはあり、非常に面白かったです。

 友人達との付き合いを通じた登場人物の性格の変化や変わっていく関係性、その一方で変わっていかないものといった様子が非常に生き生きと描かれているために、自分自身が物語の中に身を投じている感覚を覚えると共に、自分もこの仲間の中に身を投じたいとすら思わされます。

 そして、その感覚を代弁しているのが、クライマックスの卒業式の後、典型的な大学生活を送っていた同級生の莞爾が主人公達に話しかけてくるシーン。


「また機会があれば、会おう」と僕は機会があるとも思っていないくせに、挨拶をした。
莞爾は小さく笑い、「俺さ」と口ごもった。照れくさそうに下を向く彼はどうにも彼らしくなかったが、しばらくして顔を上げ、「本当はおまえたちみたいなのと、仲間でいたかったんだよな」と口元を歪めた。

 この8月には廉価版も発売される予定のようですが、オススメできる一冊です。ただし、一気に読みたくなる作品ですので、時間があるときに読む方がいいでしょう。