書評:小説・秒速5センチメートル/新海誠

 先日DVDで見た秒速5センチメートルのノベライズ版です。映像から小説にという形のまだまだ珍しい形のマルチユースですが、非常に楽しめました。

 映像作品をそのままノベライズしてしまうと映像でしか表せないようなニュアンスが失われてしまうことがあり(逆もよくありますが)本としての出来としてはイマイチということがあると思っています。ただ、本作は元々が主人公が一人称で叙情的に語りかける形式であったこともあると思うのですが、小説単体としても楽しめるのではと思います。

 映像と重なる部分が多いのですが、一番の違いは三篇目の「秒速5センチメートル」。映像では語られなかった高校卒業後から今までの貴樹の人生が描かれております。そして、この描写のおかげで、第一篇の「桜花抄」でヒロインの明里が貴樹に告げた一言の重さが増しました。

 大学生、社会人と成長していくなかでも、貴樹の内にある「居心地の悪さ」やそこから生まれる漠然とした不安感は残り続けます。自分なりに生きているけれども、うまくやれていないのでは中で貴樹は悩み続けます。

 それに対し、カットバックの形、明里が過去に貴樹に宛てて書いた手紙が出てきます。渡すことが出来なかったその手紙には、大人の貴樹が一番必要としていた言葉がかいてありました。

 貴樹くん、あなたはきっと大丈夫。

 あとは実際に読んでみるなり映像をみるなりすることをオススメします。・・・全編を通し、本当に切なくなる物語です。必見です。(映像を見てから小説を見るのがベストだと思いますが)

 一つ残念なのは、ハードカバーで1,365円すること。小説のターゲットとしている層が20代~30代の比較的可処分所得が高い人なのかもしれませんが、やはり中高生が買って読める価格で販売できないのかなあと思ってしまいます。